「自分のことだけ」のルール

昨年の秋のことです。久しぶりに個人事務所を経営しているコンサルタントの女性から、ある会社に行くので同行して欲しいという電話がありました。付き添いの形であればと、一緒にある会社に伺い社長様とのやり取りを拝見しました。
彼女が別れ際に駅で私に言った言葉が、とても心に重くてじんわり頭の中に残ったまま、上りのエスカレーターに一人で乗りました。

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やるせない本音を聞き、心重く。。。

彼女の重い言葉が、今も心にじんわり残ります。

「今まで人のことばかり考えて一生懸命やってきたけど、無茶言われたり、嫌みを言われたり。もううんざり。要望ばかり言っているだけで、自分たちで社員を動かして行動をきちんとしてくれない。社員の仕事が忙しいとかできない理由ばかり言うのよ。自分たちのことだけしか考えず、こちらの気持ちは汲もうともしないのよ。手間ばかりかかって、そんな人のことを考えても何にもならない。お互い自分のことだけ考えて仕事した方が良いわ。もう辞めましょうよ、こんな仕事。」

彼女はこのように突然捨て台詞を言い、私が「どういう意味?」と聞こうとしたら小走りで人ごみの中に消えてしまいました。それから彼女から連絡は途絶え、私も電話をする機会を逃してしまい、年が明けました。

あの訪問時のことです。それまで彼女とその会社の仕事状況はわからなかったのですが、彼女のクライアントは自分の会社のことで頭がいっぱいで、社員が思うように動かないことを彼女の提案が良くないと細かく指摘していました。その言いかたが、自分本位で無茶を言っているようも感じましたが、どうして相手の方から言われるような状態になったのかはわかりません。

「自分本位」になる時って誰でもあるのだが。。。

このようなことは、悩みが多い中小規模の会社ほどよくあることです。こちらがそれを心広く受け止め、更にその会社に実現可能な提案をして、裏で事細かく悩みを乗り越えるフォロー協力や作業をしなければ、成功しないケースが多くあります。多くの時間を費やすのですが、このような仕事はそれ相応な対価が得られるケースが少なく、成功しても仕事が終わったらその後の報告なども何も連絡がないことがあります。

お客様の要望が強くなり、こちらとの契約以上に想いが膨れて、理に合わないクレームや愚痴を聞くこともありますし、本来のテーマからずれて悩みの人生相談を長々と聞くことや、八つ当たりで、相手の言いかたや態度が過ぎることもあります。彼女の気持ちもわからないではありませんが、どちらも自分本位なのかもしれません。

悩みが多いほど、聞く者の立場を忘れて自分本位になることは、誰もがあることだと理解しています。私たちの仕事は、それをわかったうえで、会社や社長をフォローする仕事なのです。
しかし、お互いの立場も考えて、話し合いや相談でも仕事としてのルールやマナーがあるのですが、それをついつい忘れがちになることもあるのだと思います。
スムーズに仕事を進め、経営力をアップさせるためには、相手へ配慮や気遣い、そしてお互いにルールやマナーを守ることやがとても大事なのです。

エスカレーターでの「すみません」の言葉に想う

あの日、彼女の別れ際の言葉をぼんやり考えながら、上りエスタレータの左側に立っていました。昼間の時間帯でも、その駅のエスカレーターは人が多く、左に間隔なく人が立っていました。
駅のホームに電車が到着するアナウンスを聞いた時、突然右側を若い男性が勢いよく駆け上がってきたのです。駆け上がってきたと思った瞬間、私の前に立っていた白髪の小柄な女性が左に揺れました。エスカレーターを駆け上がってきた男性の肩に掛かっていたバックが大きく揺れて、女性に当たったのです。女性は左に傾いたかと思うと、急に後ろによろけました。

「あっ!」 私はとっさに女性の背中を両手で支えようとしましたが、自分も後ろに倒れそうになり、左手でエスカレーターの手すりを持ちました。どうにか右手で、女性を支えることができました。一瞬のことで、誰も気づかない出来事だったのでしょうか。誰も反応はなく、無関心とも言えるいつもの都会のエスカレーターの一場面だったのです。

あの時は、後から冷や汗をかきました。もしも私も前の女性と共に後ろに倒れていたら、その後ろの人達も将棋倒しの状態になっていたかもしれないと思うと、とても恐ろしくなりました。バッグを当てられた女性は、70歳半ばを超えているように見えました。
「とても怖かった、すみません、助かりました。」と何度か私に言われました。
でも「すみません」は本来は誰がその女性に言うべきなのかと思いつつ、私はエスカレーターを降りたのを覚えています。

「自分のことだけ」、「気づかない」、「想像がつかない」という悲しい状況

エスカレーターを上がった先の地下鉄の路線は、1本乗り遅れても3~5分以内に来るため、よほどのことがない限り慌てる必要もないのですが、なぜか右側を駆け上がる人が絶えません。白髪の女性にバッグを当てた男性は、何か相当急ぐ理由があったのでしょう。ホームで見かけなかったので、たぶんカバンがあたったことも、女性が危険なめに合ったことも何も知らずに、先ほど来た電車に乗り込んだのでしょう。

急ぐと、なにも周囲が見えなくなり、「自分のことだけ」、「人のことは考えられない」状態になるものです。バッグが揺れて人に当たることも「想像がつかない」そして「気づかない」状態だったのだと思います。

2018年にもありましたが、2020年には鉄道各社がエスカレーター「歩かず立ち止まろう」キャンペーンをしていました。埼玉県は2021年にエスカレーターを歩かない条例を出しています。
今でも東京では、エスカレーターは右を開けることがマナーのようになっており、駅のホームに長い行列ができても辛抱強く並ぶ状態の駅もあり、キャンペーンの効果はなかったようです。

エスカレーターを歩かないで立ち止まる方が良いのか、歩く方が良いのかは、駅の構造的な問題や駅の混雑状況も含め、いまだにいろいろな議論があり、習慣化した右空けは東京では変化はありません。

「人のことを考える余裕がない」ということと、マナー・ルールとの関係

このような状況の中、自分が急ぐという理由で、他人のことを考える余裕がなく、バッグや荷物などを無意識で人に当ててしまうかもしれないという想像もなくエスカレーターを駆け上がることは、マナー違反で人に対する配慮が欠けているいう意識を持つことは必要なのではないでしょうか。わき目もふらず駆け上がることは、他人だけでなく、自分に対しても事故や危険性があるはずです。
以前、高齢の足の悪い男性が、若い人がエスカレーターの横をすり抜けるように駆けてくるのがとても怖いと感じると言ったことが思い出されます。

話は変わりますが、秋に同行したコンサルの女性は、昨年末に急に東京での仕事を辞め、故郷の地方都市に戻ったということを、新年あけに知人から聞きました。

そして突然今日、彼女から電話がありました。

シングルマザーで東京で頑張ってきた彼女の子供も独り立ちし、「これからは自分のことだけ考えて、自分のために好きなことをして人生を送るの。あれから連絡しないでごめんなさい。」と、昨年の秋と違って吹っ切れたような明るい声が、携帯電話から聞こえました。

「自分本位で人のことは考えない」ということと「自分のことだけ考えてこれから好きなことをして生きる」とは意味が根本的に違いますが、仕事や社会生活を人や社会と共存して送るうえでは、「人の事、相手の立場を配慮する」というルールやマナーは、とても大切なことだと感じています。

彼女が担当していた会社と彼女は、お互いに相手のことを考えて、マナーのある「おしまい」にできたのかなぁと少し気にはなりました。終わる時こそ、突然の「おしまい」ではなく、お互いに配慮してきれいに終わることが大事です。
コンサルの仕事は「自分本位」、「人のことは考える余裕がない」、「後のことは想像できない」と中途半端で終わりに出来ない業務ですから。

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